福島 ホテル板倉 【公式サイト】

史跡のご案内



板倉神社
藩祖板倉重昌(寛永15年(1638)年元旦、島原の乱で討死)を祀る。 重昌は天草島原に蜂起したキリシタンの一揆を鎮圧するために幕府が組織した連合軍の総大将だった。 その後裔が元禄15(1702)年から福島藩主となった。 本殿は旧場内にあった藩祖重昌の御霊屋を移築する。


板倉神社境内大正5(1916)年福島市を訪れた若山牧水が詠んだ「つばくらめ…」の歌碑

しのぶ文知摺を詠んだ松尾芭蕉句碑 県庁前公園

宝積寺 独眼竜正宗の
祖父伊達晴宗の墓


康善寺
黒岩にあった秀安寺を上杉家臣で福島代官(西根堰開削者)の古河善兵衛がこの地に移し故郷の信州の康楽寺の僧を迎え、康善寺とした。善兵衛百年忌の墓がある。


自由民権家河野広中の像
三春城下の郷土。 維新後は板垣退助と呼応して自由民権運動に関わる。 明治8年、東日本最初の政治結社(石陽社)を創立。 31歳の若さで県会議員になり議長として活躍。 明治15年には県令三島通庸と対立。 彼の提出議案を全部否決した。 三島はこれに対抗し、喜多方事件をきっかけに彼を捕え禁獄7年の刑に追いやったが、河野は大赦で出獄。 後、国会に連続14回当選した。 今、その銅像は県会議員に向かって大きく腕を広げている
藩主板倉氏の菩提寺常光寺
常光寺はもと大森にあったが、その閑居堂(道場)が今国道115号バイパスの南にある本方木田に建ち、のちこの地(清明町)に移転した。 本方木田にあったときは家康の関白秀次が奥州征伐にきたときの宿陣ともされた。 大森の本寺と道場があわさって常光寺とされ、元禄からは板倉氏の菩提寺となった。


真浄院境内にある
一橋慶昌の墓


長楽寺境内の
瓜生岩子の像


大仏城の多宝塔

昭和2年に建築された旧日本銀行福島支店役宅
蚕種、生糸など蚕業の中心地であった福島は明治期には東日本の経済の中心地と目され、明治9年に全国で六番目の第六国立銀行が設立され、以後百七銀行、福島銀行などが設立。 明治32年には日銀福島出張所が開業、これが明治44年に支店に昇格した。東北最初。